The Sake Wire

酵母はなぜ自分が造った酒で死なないのか

岐阜大学の研究グループが、酵母が高濃度のアルコールに耐えるには膜脂質「MIPC」をつくる働きが欠かせないことを突き止めた。

酒造りの主役である酵母は、糖をアルコールに変えます。そして、自分が生んだアルコールに囲まれたまま生き続けます。アルコール(エタノール)は細胞の膜や壁を乱すため、酵母自身にとっても毒です。それなのに、なぜ酵母は弱らないのでしょうか。日本中部の岐阜県にある国立大学、岐阜大学の研究グループが、この基本的な問いにひとつの答えを示しました。

鍵は「MIPC」という膜脂質

顕微鏡で酵母細胞を観察する研究のイメージ
顕微鏡で酵母細胞を観察する研究のイメージ — 写真: Artem Podrez(Pexels)

研究を率いたのは、岐阜大学応用生物科学部の谷元洋教授です。同じ学部の中川智行教授と共同で研究しました。対象は、パンやビール、ワイン、日本酒の発酵を担う出芽酵母(学名 Saccharomyces cerevisiae)です。グループが注目したのは、細胞膜をつくる脂質の一群「複合スフィンゴ脂質」のうち、マンノシルイノシトールホスホリルセラミド(MIPC)という分子でした。MIPCをつくれない酵母は、エタノールがある環境で細胞の外側(細胞壁と細胞膜)を安定した状態に保てませんでした。その結果、アルコールへの耐性が大きく下がりました。つまりMIPCは、酵母が自分の生んだ高濃度のアルコールの中で育ち続けるための土台になっていると考えられます。成果は2026年5月21日、国際学術誌「Molecular Microbiology」のオンライン版に掲載されました。

日本酒造りにとっての意味

発酵中の日本酒の醪(もろみ)(イメージ)
発酵中の日本酒の醪(もろみ)(イメージ) — 写真: tokyofoodcast(flickr, CC BY)

日本酒は独特の方法で造られます。米のデンプンを麹(こうじ)が糖に変える工程と、その糖を酵母がアルコールに変える工程を、ひとつのタンクの中で同時に進めるのです。このため、発酵中の液である醪(もろみ)のアルコール度数は、醸造酒としては高い水準に達します。酵母にとって最も厳しい環境は、自分が生んだアルコールそのものだといえます。日本の酒造りでは、伝統的なスターター(酒母)の造り方である「生酛(きもと)」や「山廃(やまはい)」で育った酵母は、細胞壁が丈夫でアルコールに強いと言われてきました。生酛と山廃は、どちらも自然の乳酸菌の働きを生かす方法です。今回の研究は、特定の酒蔵や日本酒専用の酵母を調べたものではありません。それでも、細胞の外側を守る仕組みを分子のレベルで示した点で、こうした現場の経験とつながる発見です。研究グループは、産業で使う酵母をアルコールに強くする、新しい品種改良の手がかりになると期待しています。

ヨーロッパで日本酒を選ぶときは、ラベルの「Kimoto(生酛)」「Yamahai(山廃)」の表記と、アルコール度数に注目してみてください。酵母が糖を食べきるまで発酵した酒は糖分が少なく、すっきりした辛口になりやすい傾向があります。同じ蔵の生酛の酒と一般的な造り方の酒を並べて飲み比べると、発酵の違いが味にどう表れるかを自分の舌で確かめられます。また今回の発見は、ワインやビールの酵母にもかかわる話です。小さな微生物のしぶとさに思いをはせてみるのもよいでしょう。

参考・出典

本記事は上記の公開情報をもとに The Sake Wire 編集部が要約・執筆したものです。画像は自社素材を使用しています。

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