The Sake Wire

もろみの酸が酵母の発酵を変える仕組み

龍谷大学と福島大学の研究で、もろみの乳酸・酢酸・ピルビン酸が、酵母の糖の使い方を切り替える「信号」として働く可能性が示された。

日本酒は、麹(米に麹菌というカビを育てたもの)が米のでんぷんを糖に変え、その糖を酵母がアルコールに変える、という2つの工程を一つのタンクの中で同時に進めて造ります。この発酵中のどろりとした液体を「もろみ」と呼びます。もろみには酵母のほかに乳酸菌なども生きていて、さまざまな有機酸が生まれます。京都の龍谷大学と福島大学の研究グループは、こうした有機酸がただの副産物ではなく、酵母の働き方を変えている可能性を示し、2026年6月に学術誌『Yeast』(Wiley社)で発表しました。

ブドウ糖を優先しなくなる酵母の細胞

顕微鏡で見た酵母細胞、研究室での観察イメージ
顕微鏡で見た酵母細胞、研究室での観察イメージ — 写真: Logan Gutierrez(Unsplash)

酵母は、ブドウ糖(グルコース)が十分にあると、ほかの糖を使うのを後回しにします。これを「グルコース抑制」といいます。ところが酵母の集団の中には、この抑制が外れて複数の糖を同時に使える[GAR+]という状態の細胞が現れることがあります。この細胞はアルコール発酵の力が弱く、発酵の進み方に影響します。研究グループは2023年に、日本酒造りで乳酸が酵母の発酵の性質を左右する可能性を報告していました。しかし、ほかの有機酸でも同じことが起きるのかは分かっていませんでした。

3つの酸に共通する仕組み

培地の入った試験管が並ぶ実験台のイメージ
培地の入った試験管が並ぶ実験台のイメージ — 写真: Pavel Danilyuk(Pexels)

龍谷大学農学部の田邊公一教授と福島大学食農学類の島純教授らは、もろみに多い乳酸、酢酸、ピルビン酸の3種類を同じ条件で比べました。その結果、3種類すべてが[GAR+]細胞を増やすことを確認しました。主要な有機酸を同じ条件で比べ、共通の作用を示したのは初めてだといいます。さらに培地のpHを変えて調べると、効果が出るのは酸が電離していない「非解離型」のときでした。非解離型の酸は細胞膜を通り抜けやすいため、酵母の細胞の中に取り込まれて作用していると考えられます。

ワインやビールにも広がる可能性

ワインやビールなど他の醸造品にも通じる発酵のイメージ
ワインやビールなど他の醸造品にも通じる発酵のイメージ — 写真: Tim Durand(Pexels)

この成果は、もろみの中の微生物が有機酸を通じて互いに影響し合っている可能性を示しています。研究グループは、ビール、ワイン、味噌、醤油などでも同じ現象があるかもしれないと述べています。今後は、どの分子が反応し、細胞内で何が起きているのかを詳しく調べる予定で、発酵の制御や新しい醸造用酵母の開発への応用が期待されています。

ワインやビールに親しむヨーロッパの読者にとって、乳酸や酢酸はなじみのある言葉でしょう。今回は基礎研究の段階で、すぐに店頭の酒が変わるわけではありません。それでも、日本酒の酸は味わいの骨格をつくる大切な要素です。ラベルに書かれた「酸度」の数値にも目を向けてみると、もろみの中の微生物の働きを少し身近に感じられるかもしれません。

秋田の酒を EU で試す — €6 から

180ml のお試しサイズと、日本酒・ワイン・ビール・ジンのフルボトル。アムステルダムから EU 域内へ発送。

ショップへ →