被災した能登の酒蔵の跡取り、支援してくれた蔵で修業へ
能登半島地震で酒蔵が全壊した珠洲市の桜田酒造の長男が、父を支えてくれた白山市の車多酒造に入社し、家業再建に向けて修業を始めた。
日本海に突き出た石川県の能登半島では、2024年1月1日の能登半島地震で多くの酒蔵が被害を受けました。半島の先端、珠洲市蛸島町にある桜田酒造もその一つで、蔵は全壊しました。2026年4月1日、この蔵の跡取りである桜田慎太郎さん(22歳)が、同じ石川県の白山市にある車多酒造に入社しました。車多酒造は「天狗舞」という銘柄で知られる蔵です。北陸中日新聞が伝えたのは、被災した蔵の次の世代が、自分たちを支えてくれた蔵で酒造りを一から学ぶという話です。
支援してくれた蔵で修業する
地震のあと、車多酒造は慎太郎さんの父、桜田博克さん(54歳)に設備を使わせ、販路も提供するなど、全面的に支えてきました。蔵を失った造り手が酒を造り続けるには、別の蔵の設備と、造った酒を届ける先の両方が必要です。慎太郎さんは、この支援への恩を胸に車多酒造で酒造りを学んでいます。能登の伝統である酒造りを通じて地域の復興の力になる、というのが本人の覚悟です。
仮設住宅から迎えた初出勤の日

初出勤の朝、慎太郎さんは金沢市内のみなし仮設住宅にいました。みなし仮設住宅とは、被災者向けに行政が借り上げた民間の賃貸住宅のことです。天狗舞のロゴが入った新しい制服を着た慎太郎さんは、父から手作りの弁当を受け取りました。忘れ物がないかと声をかける父は、親として心配でたまらない様子だったといいます。慎太郎さん本人は、緊張していたものの、頑張るしかないと気持ちが吹っ切れたと話しています。まず伝統を学び、いずれは父とともに桜田酒造を立て直すことが目標です。
ヨーロッパの読者へ

日本の酒造りは、一つの蔵の中だけで完結するものではありません。災害のときには蔵同士が設備や販路を分け合い、人を育てることで地域の酒が残っていきます。ヨーロッパの専門店で石川県の日本酒を見かけたら、ラベルで蔵の名前と所在地を確かめてみてください。能登の蔵が再建へ向かう歩みは数年単位の長い話になります。新しい酒が生まれる日を楽しみに、能登や石川の造り手の名前を覚えておくと、この先のニュースや新しいボトルとの出会いがもっと面白くなるかもしれません。
参考・出典
本記事は上記の公開情報をもとに The Sake Wire 編集部が要約・執筆したものです。画像は自社素材を使用しています。
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