酒蔵ゼロの敦賀に松葉香る新酒「松の雫」誕生
酒蔵が姿を消して20年余りの福井県敦賀市で、地元有志3人が立ち上げた新会社が松葉入りの醸造酒を商品化し、市内での自前醸造を目指している。

福井県敦賀市は日本海に面した港町で、京都の北およそ100キロに位置する。江戸時代から続く酒蔵がいくつもあった土地だが、2005年に最後の「敦賀酒造」が廃業して以来、地元の酒は途絶えていた。その敦賀に、松葉の香りをまとった新しい醸造酒「松の雫(まつのしずく)」が生まれた。手がけたのは市内の会社員らが設立した「敦賀気比酒造」。読売新聞が2026年9月に報じた。
高校生の志が20年後に形になった

中心にいるのは河瀬陽亮さん(38)。高校時代に地元の酒蔵が消えたことを知り、「いつか自分の手で敦賀の酒を造る」と決めて東京農業大学の醸造科学科に進み、卒業後は日本酒関連の企業で働きながら構想を温めてきた。同級生で地元企業に勤める多田朋樹さん(38)が起業と経営の面で支え、大阪市の経営コンサルタント鎺喜世多さん(70)も加わって、2025年10月に会社を設立した。背景には、2024年に北陸新幹線が敦賀まで延びたことで「敦賀で飲める敦賀の酒がほしい」という声が高まっていた事情がある。
松葉が開いた「新規参入」の道

日本では、米と米麹を原料とする清酒(いわゆる日本酒)の製造免許は、原則として新規には交付されない。既存の蔵を買うか、免許を継承しない限り、新しく日本酒を造ることはほぼ不可能なのだ。敦賀気比酒造はここに工夫を凝らした。松葉を副原料として加えることで、法律上は清酒と別の「その他の醸造酒」に分類され、新規でも製造の道が開ける。松は、社名の由来でもある敦賀の景勝地「気比の松原」にちなんだもので、市内の気比神宮、敦賀天満宮、松原神社から松葉の提供を受けた。
第1弾は市内沓見産のコシヒカリを使い、福岡市の酒造会社に委託して醸造。500ミリリットル入り420本という小さなロットで、価格は1本3300円(税込)。多田さんによれば、甘口ながらすっきりしたモダンな味わいで、若い世代にも受け入れられる仕上がりだという。
次の一手は醸造設備つきのバー

同社の目標は委託生産で終わらない。出資者を募り、市内に自前の醸造設備を備えたカウンターバーを出店する計画で、客が設備を眺めながら「松の雫」を楽しめる場所にしたいという。酒蔵が消えた街に、飲める場所と造る場所を同時に取り戻す構想だ。
ヨーロッパの読者へ
「松の雫」は現時点で国内販売のみで、ヨーロッパで入手するのは難しい。ただ、この話が示すのは、日本の若い造り手が免許制度の壁を副原料の工夫で乗り越え、地域の名前を冠した酒を復活させようとしている流れだ。ラベルに「清酒」ではなく「その他の醸造酒」と記されたボトルは、ハーブや果実、木の葉などを加えた新世代の酒であることが多い。今後ヨーロッパの日本酒専門店で見かけたら、それは伝統からの逸脱ではなく、新規参入者が選んだ一つの入口だと知っておくと、一杯の見え方が変わるかもしれない。
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